仙台高等裁判所 昭和27年(う)684号 判決 1952年10月31日
控訴人 被告人 湯田馬三郎
弁護人 鳥海一男
検察官 屋代春雄関与
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人鳥海一男の控訴趣意は記録に編綴の同弁護人作成名義の控訴趣意書記載と同一であるから茲に之を引用する。
控訴趣意第一点について
原審が検察官の請求により起訴状に記載された訴因及び罰条の変更を許容しこれにつき審判したことは所論指摘のとおりである。しかしながら犯罪の日時場所、数量の如きはいわゆる罪体に属しないのであつて特定した金員の騙取というも、その横領というも結局特定金員の不正領得の事実をいうので、その異なるところは単にその行為の態様に過ぎず、その基本である事実には何等の変りがないから所論の訴因及び罰条の変更は公訴事実の同一性を害するものでなく、かつ右変更により被告人の防禦に実質的な不利益を生ずるおそれはないから所論の訴因及び罰条の変更を許して審理判断した原判決は相当であつて何等訴訟手続が法令に違反する不法は存しない。論旨は理由がない。
同第二点について
原判示事実はその挙示する証拠を総合すれば優に認定しうるところであつて記録を精査するも原判決には事実誤認を窺うべき事由や採証の法則違反ないし理由不備の違法等は存しない。所論は被告人において松立木売買運動に関し報酬を受くべき債権を保有し、これが支払確保の目的で本件金員を返還しなかつたので不正領得の意思がないと主張するが、記録を調査するも被告人にかかる債権の存在を認むるに足る証拠はなく結局独自の見解のもとに原判決を非難するに帰着し採ることを得ない。論旨は理由がない。
同第三点について
公訴時効は当該事件についてした公訴の提起によつてその進行を停止することは法文上明らかであり、また本件につき、なした訴因及び罰条の変更も適法であること前段説明のとおりである。しかして訴因及び罰条の変更を許した場合においても被告人の防禦に実質的不利益を生ずるおそれがない限り公訴提起の効力に影響を及ぼすべきではないと解すべきが相当である。従つて本件につき公訴時効完成の主張を排斥した原判決は洵に相当であつて原判決には法令の適用を誤つた違法は存しない。論旨は理由がない。
よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控訴を棄却すべきものとし主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大野正太郎 裁判官 松村美佐男 裁判官 蓮見重治)
弁護人鳥海一男の控訴趣意
第一点原判決は公訴事実の同一性を欠く事実につき漫りに検察官の訴因変更の請求を許容した法令違反の瑕疵がある。
本件は最初昭和二十六年七月十九日詐欺罪として「被告人湯田馬三郎は昭和二十一年九月頃居村の南会津郡旭田村に於て村有林である同村大字音金字振目地内山林(約三十町歩)に生立せる松立木(約三万余本)を売却するため売却委員会が設置されるや売却委員となり他の売却委員星馬左司と共に群馬県利根郡水上町大字湯原七百八十五番地旅館業山田庄之助より該松立木の買受けにつき尽力方を依頼された者であるが該松立木は同年十月二十八日競争入札に付され其の結果第一番は江川幸助第二番は馬場周平山田は第八番であつたが孰れも村の売却予定価格百二十一万円に達しなかつたため売却委員会では最初の決議通り入札高位者順に売却方を交渉することになり一番の江川と交渉したところ江川は村の売却予定価格百二十一万円で買受けることを承諾且つ村の公共事業費として九万円を寄附することを申出結局百三十万円で該松立木の売買契約を結んだが払込期日迄に右金員を払込むことが出来ず解約となつた。次いで売却委員会では二番の馬場周平より権利を譲受けた山田に交渉し山田は前記と同様の百三十万円を同年十二月十日迄に払込む事但し右払込期日迄に払込が無い場合には解約をする旨の売買契約にて該松立木を買受ける事になつたが右払込期日までに右金員を払込む事が出来なかつたので同年十二月十日頃売却委員会に対し払込期日の延期方を申込みその結果約二十日間位許可されたが延期期間内にも払込の見込がなかつたので其の頃南会津郡旭田村大字塩生字前原六百八十三番地弓田旅館において山田が馬場周平、星馬左司及被告人等と再延期を図るべく相談のため集つた時被告人は再度の延期が不可能であるのが既定事実であり且つ再延期すべく骨を折る意がないのにも拘ず星馬左司と共に山田に対し寄付金分の九万円でも村えやつて置けば再度延期出来る様俺達が骨を折るとの趣旨の虚言を弄しその旨同人を誤信せしめ同年十二月十八日頃前記同人の自宅に至り同人より現金五万円及大同銀行小切手四万円を交付せしめて之を騙取したるものである」公訴事実により起訴せられ、審理終結して判決言渡期日指定せられた後に至り、検察官は右は詐欺罪として無罪となるべきを恐れ、昭和二十七年三月二十四日訴因変更請求書を提出し同月二十七日の公判廷において前記公訴事実を「被告人は昭和二十一年九月頃居村の南会津郡旭田村において村有林である同村大字音金字辰目地内山林(約三十町歩)に生立せる松立木(約二万余本)を売却するため売却委員会が設置されるや売却委員となり他の売却委員星馬左司と共に群馬県利根郡水上町大字湯原七百八十五番地旅館業山田庄之助より該松立木の買受けにつき尽力方を依頼された者であるが右山田が山林買受代金を期日である同年十二月十日迄に払込む事が出来なかつた為同月十八日頃右山田から寄附金分の九万円でも村へやつて置けば再延期出来るよう骨を折るとの趣旨の下に現金五万円及び大同銀行小切手四万円計九万円を預りそのうち現金約三万円は日本勧業銀行田島出張所、東邦銀行田島支店、旭田村農業会にそれぞれ預け人れ現金約二万円は自宅に於てそれぞれ保管中昭和二十二年二月頃前記旭田村山林売却委員会に於て正式に右山田に対し該山林を売却しない旨決定されたのであるから当然被告人は右金円を庄之助に返還すべき義務が生じたのでその後山田からその返還方を催促されるや承諾して前記日本勧業銀行田島出張所外二ケ所の預金通帳各一通及び右払戻しに必要な湯田と刻したる印鑑一ケを手渡したるにも拘らず同年三月下旬頃南会津郡田島町及び旭田村に於て前記保管金円中五万円を自己の物にしようと考え右日本勧業銀行田島出張所外二ケ所に各出頭し係員に対し通帳を紛失したから再発行願いたいとそれぞれ嘘偽の事実を申告して、右現金五万円を擅に自己に着服し以て横領したもの」と変更する旨陳述し罪名並罰条を横領刑法第二百五十二条第一項とせられたので之に対し弁護人は公訴事実の同一性を欠く旨異議申立てた所原審は右変更請求を許可し爾後横領罪として審理され結局有罪の判決宣告あるに至つた。
而して原審はその判決中「尚本件に付いては昭和二十六年七月十九日被告人は当初から代金支払期日の延期方を運動する意思がなく又延期出来ないことを了知しながら山田庄之助から金九万円を受取り之を詐取したもので右は刑法第二百四十六条第一項に該当するとして公訴を提起し審理中昭和二十七年三月二十四日判示の如く被告人は前示交付を受けた現金五万円を預り保管中擅に横領したもので刑法第二百五十二条第一項に該当すると訴因罰条の変更請求書を提出し同月二十七日被告人に送達せられたことは記録上明かである而して被告人が当初山田庄之助を欺いて金員の交付を受け之を騙取したとゆう事実と被告人は右交付を受けた金員を保管中特に横領したと言う事実は何れも他人の財産を不法に領得する罪である点に於て基本たる事実関係を一にし所謂公訴事実の同一性を害しないと認めるので検察官の本件訴因変更は適法である」と判断して弁護人の右異議を終局的に排斥したのである。
しかしながら詐欺の公訴事実に表現された範囲内で日時場所手段方法態様等を修正補足するならば或は同一性を害しないと言えるかも知れぬが前記公訴事実を対比観察するときはその基本的事実関係は社会現象たる生活過程において連環的に生起する法律的事象中の異時異質の事実であること明かで、即ち一は昭和二十一年十二月十八日頃山田庄之助から金九万円の交附を受け預つたという先行的事実であり、他はその預つた金九万円の内現金五万円を預つた目的消滅したため返還を要することとなり昭和二十二年三月八日に同月十日迄に返還を約したに拘らず之を領得せんとした後行的事実に属し、時間的内容的に全く異り、何処にその同一性を認め得るか捕促するに苦しむ所で、僅かにその縁由的事実及被害者並に被害金の一部が一致するに止まり、構成要件において何等共通なるものを有しない事実なるに拘らず、この両者を以て何れも他人の財産を不法に領得する罪の範疇に属する一事を以て基本的事実関係を一にするものとなす原審の見解は竟に公訴事実の同一性に関する観念を濫りに拡張解釈し延ては刑事訴訟法第三百十二条に違反して訴因の変更を許容し以て被告人に実質的不利益な判決をしたものに帰着しこの違法は判決に影響を及ぼすこと明かである。
第二点原判決は罪とならない事実を証拠に反し横領罪と認定し且つ理由不備の違法がある。
原判決はその理由中罪となる事実として「被告人は肩書地に於て農業に従事して居るものであるが居村旭田村に於ては昭和二十一年九月中村有の南会津郡旭田村大字音金字辰目地内山林三十町歩に生立する松立木約二万本を売却することとなり被告人は其売却委員となつたが同様委員に選出せられた星馬左司と共に郡馬県利根郡水上町山田庄之助から右松立木の買受け方を依頼せられ運動の結果同年十月中に旭田村から同年十二月十日迄に現金百三十万円を持参する時は山田庄之助に右松立木を売却する旨の承諾を受けるに至つた然るに山田庄之助は期日を過ぎても代金の調達が出来なかつたところから同月十八日被告人と協議の上旭田村に対しては取りあえず代金の内金九万円(之は寄附金として増額した分)を支払い残代金の支払の猶予を受けるよう運動することとなり被告人は同日山田庄之助から右支払に充てる為現金五万円と大同銀行宛の小切手金額四万円の交付を受け被告人は右現金の内三万円は日本勧業銀行田島出張所東邦銀行田島支店旭田村農業会に夫々被告人名義を以て分割預入れ其余は自己に於て保管し旭田村に対して諒解運動を試みたが昭和二十二年二月中旭田村山林売却委員会から金九万円の一部受領は勿論山田庄之助に対する立木の売買を拒絶せらるるに至つた茲に被告人は前示預り金五万円を山田庄之助に返還するを要することとなり其頃山田庄之助からも返還方請求せられ被告人又同年三月八日に同月十日迄に返還することを約したのに拘らず該預り金を横領しようと決意し同月十八日山田庄之助に対し内容証明郵便を以て報酬金支払の約束がないのに報酬として金五万円を支払うべき旨を請求したが同月二十五日山田庄之助から五万円の返還方を厳重に督促せらるるや前掲預金証書三通と払出に属する湯田と刻した印章を交付して同人を安堵せしめた上同月二十七日頃日本勧業銀行田島出張所外二ケ所に至り通帳紛失の旨を申告し以て山田庄之助をして預金払戻を為し得ないようにして茲に山田庄之助よりの預り金五万円の横領を遂げるに及んだものである」と判示した。
然れども被告人は山田庄之助に返還を要することとなつた預り金五万円については山田庄之助との間に判示松立木売買運動に関し報酬金支払の約束があり、之が支払を受けんため右返還を拒んだもので被告人としては右報酬請求権の行使上右金員を相殺的留置的に返還しなかつたのでこの事実は被告人の司法警察員に対する供述調書(記録二二〇丁)検察官に対する供述調書(同二三一丁)の各記載、第四回公判調書(同一三七丁)第六回公判調書(同)第八回公判調書(同一八八丁)の各被告人の供述記載及び内容証明郵便(弁証第十三号)によつて明かな通り終始一貫被告人の主張して論らぬ所であり、右信念を有する以上前述のように金五万円を返還しなかつたことにつき被告人に不正領得の意思は毫も存在しなかつたことを認め得るに足り而も権利の行使として違法性のないものと信じていたことも疑ない。尤も原判決は「同月十八日山田庄之助に対し内容証明を以て報酬金支払の約束がないのに報酬として金五万円を支払うべき旨を請求した」と被告人の報酬金支払の約束の主張を否定したけれども原審証拠調済の判決書謄本の記載(記録二〇五丁裏)によるも「七、被控訴人(山田庄之助)は控訴人(被告人)及び星馬左司に対し前記松立木買受けについて尽力方依頼した際特売を受けられたら御礼する旨云つたことはあるが云々」とある位で結局においては右判決においては否定せられたとはいえ、百三十万円の立木売買周旋の依頼を受けた以上相当の報酬を受くることを期待するは当然であつて、本件当時被告人が山田庄之助の前示御礼する旨の言葉から一応報酬請求権ありと確信して右五万円返還しなかつたことは被告人にも相当理由も根拠もあることで、これにつき前示のように数多の証拠もあるに拘らず之を無視して横領罪構成するものと認定した原判決は理由不備、証拠法則違背の違法を犯したものといわなければならぬ。
第三点原判決は公訴時効に関する法令を適用して免訴の判決をしない欠点を免れない。
原判決は「公訴時効は公訴の提起に依つて其進行を停止せられるものであるところ我が刑事訴訟法に於ては公訴事実の同一性を害しない限り訴因並罰条の変更を許すと謂うは当初提起せられた公訴は其後訴因罰条の変更があるも右変更せられた事実に対し潜在的効力を有するが故に変更が許されるものと解するを正当とする従つて本件において被告人に対する詐欺罪としての公訴は変更となつた横領罪についても公訴提起の効力を有し該横領罪に対する公訴時効は右詐欺罪としての公訴提起に依り即ち昭和二十六年七月十九日に停止せられたものと認むべく被告人の横領行為は昭和二十二年三月下旬終了したものであるが之を被告人弁護人主張の通り昭和二十二年三月十日横領行為が終結したとしても同日より起算し前示ろ訴提起の日迄五年の経過がないことは等数上明白であるから弁護人の主張は採用しない」として公訴時効完成の主張を一蹴せられた。
元来時効制度は被告人の利益のために設けられたものであるからできるかぎりその適用については専ら被告人の利益に解釈しなければならない。故に仮に原判決のように全く異る事実を公訴事実の同一性を害しないものとして訴因変更を許容し当初提起せられた公訴は変更せられた事実に対し潜在的効力を有することを認容するとしても、公訴時効の運用に当つては時効制度設定の精神並に刑の軽重に従い時効完成期間に長短の差異を設けた趣旨に稽えるときは訴因変更ありたるときに公訴提起せられたものと看做し公訴時効は此時初めて停止せられるものとしなければ時効完成を不当に延長する結果となり被告人の利益を著しく害し正義に反するものといわなければならない。
されば本件において詐欺罪としての公訴提起の時たる昭和二十六年七月十九日に遡り訴因変更せられた横領罪について公訴時効の進行停止すると解する原判決の見解は是正さるべく従つて公訴時効に関する限り横領罪としての公訴は訴因変更のあつた昭和二十七年三月二十七日に提起せられたものと解しこの時において公訴時効停止せられたものとして、被告人の横領行為は本件金五万円を返還しなかつた昭和二十二年三月十日若しくは遅くとも内容証明郵便を以て報酬請求の意思を外部に表現した同月十八日完了したものといえるから、この時から起算し五年を経過しているので公訴時効完成したものとして免訴の判決をすべきが至当であるにかかわらず事茲に出でなかつた原判決は擬律錯誤の違法を免れぬと信ずる。
以上の理由により原判決は破棄せらるべきものと信ずる。